犀のようにただ独り歩め

2013年度の仕事もだいぶ一段落して、買い物したり、熱発したり、読書したり、ぎっくり腰したり、リフレッシュ中の4月。2013年度の仕事を片付けつつ、ぼちぼち紹介していこう。まずは、シロシベ初の「広告」から。

保健学同窓会のニューズレターというのがあって、その41号(2014年4月)に「シロシベの広告を出しませんか?」というお誘いを去年の12月にいただいた。おもしろそう。それに、たしかにこの学科の同窓生は、シロシベの潜在的なお客さんが最も高密度に集まっているであろう集団なので、広告としてはとても良いだろう。とはいえ、「仕事ください!」なんて広告を出して、今の状態で実際に仕事が増えてしまうとやや困る。

というわけで、何かこう、メッセージを伝える感じのもので…、と考え、スッタニパータの「犀のようにただ独り歩め」にした。スッタニパータというのは、南伝仏教の古いお経で、中村元の邦訳で紹介されるまで日本には伝わってなかったのかな。何にしても北伝の日本仏教とはだいぶ趣が違うお経だ。とはいえやはり仏教、通じるところもあって、なんといっても、この、「犀のようにただ独り歩め」が繰り返されるこの章、とってもグルーヴィでかっこいい。

ニューズレターでは一節だけ引用したけど、ここでは他にもいくつか引用しよう。

一切の生きものに対して暴力を加えることなく、
一切の生きもののいずれをも悩ますことなく、
また子女を欲するなかれ。況んや朋友をや。
犀のようにただ独り歩め。
 
同伴者の中におれば、
休むにも、立つにも、行くにも、旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。
ひとの欲しない独立自由をめざして、
犀のようにただ独り歩め。
 
四方のどこにでもおもむき、
害心あることなく、何でも得たもので満足し、
諸々の苦難に堪えて、恐怖することなく、
犀のようにただ独り歩め。
 
実に欲望は色とりどりで甘美であり、
心に楽しく、種々のかたちで心を攪乱する。
欲望の対象にはこの患(うれ)いのあることを見て、
犀のようにただ独り歩め。
 
諸々の味を貪ることなく、欲求することなく、
他人を養うことなく、戸ごとに食を乞い、
家々に心をつなぐことなく、
犀のようにただ独り歩め。

他のにも興味がある方は ここのTumblr参照、もっと興味がある方は中村元「ブッダのことば」を。中村元は「एको चरे खग्गविसाणकप्पो॥」のところを「犀の角のように」と訳されてて、これはいろいろ議論があるようだけど、ま、ここでは分かりやすいほうで。

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